花椒香るゴマ蒸しナス2024年11月01日 14:10


本日の日替わり料理は・・・


花椒香るゴマ蒸しナス 250円


ブロッコリーのミモザサラダ 280円


ふんわり鶏つみれ汁 220円


舞茸のカリカリチーズ焼き 280円


きゅうりの浅漬けサクサク風 230円


カニカマ塩昆布もやし 220円 


納豆と長いものカリふわお焼き 280円


和風ラーメン♪白そば 600円


それと、目下期間限定販売中の・・・


納豆餃子 340円


包む前の納豆餃子の具



ここからは『サクシネマ』です。

とくに大きな盛り上がりもなく、涙したわけでも、喜怒哀楽に満ちているわけでもないのに、なんか良かったなぁ~って思える映画があります。これが、まさにそれです。


『丘の上の本屋さん』(2021年


イタリアの丘陵地帯を見下ろす丘の上にある小さな本屋さんの老主人リベロは、明らかに儲けるためではないその店で、本という物への愛を胸に店を営んでいます。


店にはいろんな客だったり、近所の知り合いだったりがやって来るのですが、ある日、移民の少年エシエンが外に置いてあった店の本を眺めているのを見たリベロは、少年に話しかけます。


「本が好きなのかい?」

「うん。でも、買うお金がないんだ」

「好きなのを持っておいき。読んだら返してくれればいいから」

ここから少年と老人の交流が始まります。


《リベロ爺さんがくれた幸せのブックリスト》


リベロは本を返しに来たエシエンに、「次はこれを読んでごらん」と、少年が成長するにふさわしい本を、一冊づつ貸してやります。コミック、ピノキオ、イソップ童話、星の王子様、白鯨・・・。徐々にメッセージ性が強く、読む難度も高い本になっていきます。


リベロはエシエンにお菓子をあげたりしつつ聞くのでした。


「どうだった? おもしろかったかい?」

「うん」

「どこがおもしろかった?」


「ええとね、ここのところ」


「どう思った? 作者は何を伝えたいと感じた?」

リベロはエシエンの感受性、感想を確認しつつ、本が好きなエシエンにかつての少年だった頃の自分を重ね見ては、なんともいえないうれしい表情を見せます。


イタリアの丘陵の風景と、老人と少年、そして店に来る人々との交流が、さらりとしていて心地いいです。いずれの交流も、その結末を見せるではありません。それらは、ある本屋の老主人の人生の晩年の情景であり、それ以上でもそれ以下でもなく、だからこそこの映画は押しつけがましくなくていいのだと思います。


じつは、かつてのサクサク少年も読書好きでした。小学校には週に一度《読書の時間》というのがあり、それは図書館でそれぞれが好きな本を読む時間でした。


サクサク少年は、その時間が大好きでした。いろんな本を読みましたが、なかでも最も衝撃的だったのは・・・


芥川龍之介の『杜子春』です。


小学2、3年生ぐらいのときだったと思います。舞台が中国で主人公が杜子春ですし、芥川龍之介という名前も読み方がわからず、中国の人が書いた中国の物語かなと思って読みました(笑)


この本には『蜘蛛の糸』や『地獄変』なんかも載っていて、そのどれもサクサク少年の心をわしづかみしては、家に帰っても、翌日になっても、芥川龍之介の紡いだ摩訶不思議な世界観は、遠くに消え去ることはありませんでした。


大人になり、芥川龍之介の全集を次々に読みました。いまでも、『杜子春』は定期的に読み返します。毎回、仙人になるためには一言も声を出してはいけないはずの杜子春が「おかあさん・・・」と涙声を発するところで、嗚咽してしまいそうになります(TдT)


いろんな作家、いろんな本を読んで中年になりました。思うに、その年齢に読んでおくべき本があり、それは早すぎても遅すぎても、その本の真意を十二分につかみとれません。本も、そして人も、出会うタイミングが大事なのです。


リベロ爺さんのような、本を愛し、本を知り尽くしたマイスターが、「さあ、次はこれだよ」と本を手渡してくれた少年時代があったなら、その人はきっと中身のある大人になっていることでしょう。


じつは、ぼくは息子に《和文》という名前をつけました。和やかな文。心を和やかにする本に出会って欲しい、そういう本を愛する人間になって欲しいと思ってつけた名前です。このことは息子にも話してません。聞かれたら、この『丘の上の本屋さん』の映画の紹介をしつつ、言おうと思います(*´ー`)