なすピーマン焼き2016年05月28日 11:59

《なすぴー》の略称で親しまれている、しょうが醤油で食べるなすピーマン焼き、絶賛販売中です。

といっても、レギュラーメニューではないので、用意していない日もありますので、ご了承くださいm(_ _)m


    なすピーマン焼き 230円


なすびと言えば・・・

つい先日の定休日に書店の絵本コーナーで、こんな本を見つけたんですけど、




なんだ? このホラータッチな絵とタイトルは??(@_@;)

〈こんな怖い本読んだら、キッズは泣き出しちゃうんじゃないの!?〉

そう思いつつ、手に取り、ページをめくって読み出すと・・・

数分後には静かに涙していました(TдT)

簡単にあらすじをご紹介します。

まずこのお話は実話です。少年は1972年生まれ、お母さんが40歳のときの、当時としては高齢出産で生まれた子供でした。

家はなすび農家で貧しく、毎日の食卓やお弁当はなすびざんまいで、
そのため少年はなすびが嫌いでした。

ですが、少年は明るくやさしい両親と、自分の家が大好きでした。ところが・・・

少年が10歳のときにやさしかった母親が《鬼》に豹変します。近くの団地に毎日連れて行かれ、売れ残ったなすを100円で売ってきなさいと、それはそれは恐ろしい形相で言うようになったのです。

なすびが売れないと、母親は少年を大声で叱りつけました。

「ちゃんと大きな声をだしたんか?」

「元気で明るく売らなアカンよ!」と。

そのときの母親は、少年にはまさに鬼のように見えました。

少年は大きな声で明るくなすびを売るようにしました。すると、ようやくなすびが売れるようになってきました。なすびがひとつ売れると、母親は10円をお駄賃としてくれました。

少年はだんだんなすび売りが楽しくなってきました。と同時に、お金を得ることの難しさと苦労もわかってきたのです。

ですが、そのなすび売りは1ヶ月で終わってしまいました。母親が入院することになったからです。

・・・・・・母親は白血病でした。

4年間の苦しい闘病生活の末、母親は他界しました。そのとき少年は14歳になっていました。

母親が亡くなってから、少年は母親が鬼になったほんとうの真実を知ります。母親は自分の命がもう長くないことを悟り、息子に生きていくための力を与えようとして、心を鬼にしてなすびを売らせていたのです。

少年がなすびを売っている間、母親はずっと車の中で泣いていたことを、少年は父親から聞き知ります。

「私はいまではなすびが大好きです」

これはのちに出版社の社長となった筆者のことばです。筆者はあのときのなすび売りのおかげで、どんな苦しい場面でもがまんして乗り越えていけるようになった、と言います。

ぼくもふたりの子供の父親です。ぼくは子供たちに何を残してやれるのか、それは《物》ではなく、この少年の母親のように《心》でなければ・・・としみじみ思いました。

あとで、ネットで調べてみたら、この絵本はテレビで紹介されて有名になり、ネットでは『鬼なす』と略されて呼ばれていることを知りました。

みなさんも、YouTubeや、Webで検索してみてください。

あ、ハンカチはお忘れなくですよ(*´Д`*)