パリパリ焼きワンタン ― 2018年01月08日 11:39
当店のメニューに焼きワンタン 280円というのがあります。
餃子と同じ、讃岐うどん専用粉で手延ばした皮で、少量の餡を三角形に包んで、パリパリに焼いています。

パリパリ焼きワンタン 280円
一度注文した人はかなりの確率でリピートする、隠れた人気メニューなんですよ(*^_^*)
それと今日は、
その手づくりワンタンをスープに入れたワンタンスープ 通常380円を、今日は350円でご提供しますので、よかったらどうぞ♪

ワンタンスープ
お正月休みの間に、静かな感動、静かなやさしさ、静かな哀しみに満ちた映画を観たので、ご紹介します。
それは・・・

『あん』
あらすじを、ざっと紹介します。
どら焼きしか売っていない、テイクアウトと小さなカウンター3席と、外に置いたテーブルだけの『どら春』でひとり働く仙太郎(永瀬正敏)のお店は、正直言って繁盛していませんでした。

『どら春』
ですが、仙太郎には、
〈それでもいい。どうだっていいんだ〉
というような、投げやりで無気力な感じがありました。というのも、仙太郎は暴力事件で服役していた過去があり、その服役中に母親を亡くしていたため、自身を卑下し、自暴自棄になっていたのです。
あるとき、徳江という名の老女(樹木希林)が、
「ここで働かせてもらえませんか?」
とやって来ます。
「こう見えて力仕事だから(おばあさんにはちょっと・・・)」
とそれを断った仙太郎に、徳江は自作のあんこを持ってきます。そのあんこを食べた仙太郎は、あまりのおいしさに感動し、徳江を雇うことにします。

いっしょにあんこを仕込む仙太郎と徳江
じつは仙太郎はあんこを業者から仕入れていて、自分で作ってはいませんでした。そんな仙太郎に、徳江はあんこ作りを教えながら心をこめて物を作ることの大事を伝えます。
徳江の作ったあんこを使ったどら焼きはまたたく間に評判になり、毎日行列ができるようになります。
ですが、
その行列は長くはつづきはしませんでした。徳江はハンセン病を患っており、それがうつるんじゃないかという偏見がそうさせたのでした。
自分のせいでお店に迷惑がかかると思った徳江はお店をやめてしまいます。
徳江は近くにある、ハンセン病の隔離施設で暮していました。仙太郎は徳江に会いにそこに行きます。
ですが、二度目の訪問のときには徳江はもうそこにはいませんでした。徳江は数日前に他界していたのです。
徳江は仙太郎のために自身の言葉を録音したカセットテープを残していました。
そこには仙太郎のことを息子のように思っていたこと。人生を投げやりにしてはいけないということ。そしてこの言葉がそこにはありました。
私たちはこの世を見るために、聞くために、生まれてきた。
だとすれば何かになれなくても、私たちには生きる意味があるのよ。

『どら春』は桜並木の中にあり、徳江は
その桜にふるさとの桜を重ね見ていました。
この徳江の言葉を聞いているときの仙太郎役の永瀬正敏の演技が、徳江の言葉同様に心に沁みました。
ぼくも、いまのお店を始める前に、この『どら春』のような、餃子しかない、ひとりでできる小さなお店をやろうと思って、店舗探しや、そのお店のやり方を模索していた時期があり、
皮から手作りの、とても非効率で手間のかかる餃子を作るという作業も、この徳江さんのあんこ作りとまったく同じで、
ぼくも、心をこめて作ることが何よりも大切だと思っており、食べていただくお客さんの顔を思い浮かべながら仕込みをするのが、どんな調味料よりも、どんな食材よりも大事だと実感しているので、
だからこそ、この映画には心が震えました(ノдヽ)
ぼくを含め、少なくない人が、ときおり自分の無力さや無意味さを感じたりしては、
〈自分はただただ働いて、食べて、寝てるだけの、意義のない人生を過ごしているんじゃないだろうか・・・〉
と、考えることがあると思うのですが、
徳江さんの言葉を信じるならば、人はただ生きるだけでも意味があるし、すごいことなのです。
自分を他人とくらべる必要はありません。自分は自分であり、自分らしく堂々と生きればいい。人生や現実はときに無情で冷酷ですが、それを嘆くよりも、受け止めて、そしてしぶとく、ただ生きればいい。
暗闇と、そこに差す光の両方を、前向きな気持ちで見るような、そんな思いにさせてくれるいい映画でしたので、ぜひご覧になってください(*´ー`)
あまりに真面目な素晴らしい映画でしたので、いつものようなおバカなオチも言わずに、今回はこのまま終わりにしたいと思います(*´ω`*)